2012年2月22日更新!!
【STEP119】カベルネ・ソーヴィニョンの熟成

「ボルドーの第一級シャトーのワインを、ボトル熟成に由来する複雑な味わいが現れる前に飲むのは、文化的な犯罪だ」

メアリー・ユーイング=マリガン

カベルネ・ソーヴィニョン

 世界のワイン醸造用葡萄には800を越える品種があるといわれていますが、シカゴ・ワイン・スクールのパトリック・フィーガンの推計(※1)によれば、2002年時点で世界最大の栽培面積を誇るのはカベルネ・ソーヴィニョンで、1990年比で2倍に増えています。実際、「ワイン生産国でカベルネ・ソーヴィニョンが植えられていない国はない」といってよく、南アフリカからグルジア、日本の勝沼に至るまで、さまざまな土地でこの葡萄品種が栽培され、世界中の消費者に支持されています。カベルネ・ソーヴィニョンというと、すぐにボルドーが思い浮かびますが、実際のところボルドーの全葡萄畑に占めるカベルネ・ソーヴィニョンの栽培面積は23%に過ぎず、49%を占めるメルローに遠く及びません。しかしながら、カベルネ・ソーヴィニョンはシャトー・ラフィット・ロートシルトやシャトー・ラトゥールといった、ボルドーを代表するワインを生み出してきたために、ボルドーのイメージを代表する品種として別格の地位にあります。

 DNA鑑定を通じた葡萄分類学の権威であるキャロル・メレディス博士は、「カベルネ・ソーヴィニョンは17世紀末、ボルドーで黒葡萄のカベルネ・フランと白葡萄のソーヴィニョン・ブランの自然交配から生まれた可能性が高い」としています。カベルネ・ソーヴィニョンは、人類が人為的に交配や交雑(ハイブリッド)を開始する以前からワイン用葡萄として知られていたため、17世紀末のボルドーの畑で、自然交配によって生まれた、たった1本のカベルネ・ソーヴィニョンの葡萄樹から、挿し木によって世界に広まっていったと考えることができます。

 カベルネ・ソーヴィニョンが世界中のワイン生産国で栽培されるようになったのは、そのワインの好ましい風味だけでなく、適応力の高さがありました。ロワールのような冷涼な土地から、南オーストラリアのような温暖な畑まで、さまざまな気候の下でも収穫でき、また、どのような土地であっても、適熟を待って収穫されれば、カベルネ・ソーヴィニョン特有のカシスのようなニュアンスをワインに色濃く残します。また、果粒が比較的疎らで、果房内部の風通しが良いため、カビや病気に強く、栽培のしやすい品種です。

 カベルネ・ソーヴィニョンは他のほとんどの黒葡萄品種と同じく、果皮が黒でも、果粒内部の果汁は透明です。カベルネ・ソーヴィニョンの果粒の特徴は、小粒で、果肉に対する種子の比率が大きく、果皮が厚く、赤や紫の色素に比べて青の比率が高いことです。種子が大きいためにタンニン分が豊かで、厚い果皮に含まれる豊かな色素は、非常に濃い色調のワインを生産可能にします。また、厚い果皮のおかげで、収穫直前に多少の雨が降っても果粒が玉割れを起こすことがあまりありませんし、カビに対する抵抗力があります。

カベルネの熟成

 最新ヴィンテージの小売価格が1本5,000円を超えるようなカベルネ・ソーヴィニョンは通常、出荷時点ではグラスの向こう側が見通せないような、非常に濃い色をしています。香りには、この葡萄品種に由来するカシスや黒い果実の風味が感じられ、冷涼な土地や冷夏の年に収穫されたものには、未成熟なカベルネに由来する青ピーマンのような香りがみつかります。ロバート・パーカーに代表されるアメリカのワイン批評家は、こうした植物的なニュアンスが苦手なようで、こうした香りの感じられるワインを低く評価しがちです。ボルドーの赤ワインから飲み始めた、私のような消費者にとっては、こうした「青さ」がワインに奥行きを与えるように感じられるのですが、ワインを100点満点で評価する批評家の影響力が強くなるにつれ、ボルドーにおいても、醸造家は極力こうした植物的なニュアンスをワインに残さないようになってきました。また、高額で販売されるカベルネ・ソーヴィニョンには一般に、熟成を行ったオークの新樽に由来する、ヴァニラのような香りがみつかります。

 かつて、出荷されたばかりのボルドーの第一級シャトーのワインには、歯が軋むような荒々しいタンニンが感じられることが普通だったのですが、近年では、収穫の翌春に行われるジャーナリスト向けの試飲会で好印象を与えられるよう、さまざまな醸造上の工夫がなされるようになり、現在では出荷されたばかりのワインを飲んでも、渋柿のような、痛みを感じるほど収斂性のあるワインはみられなくなりました。近年のワインは果実味が豊かで、1980年代のヴィンテージの新酒時の味わいとは比べ物にならないほど、出荷時点でもおいしく飲むことができます。しかしながら、偉大なワインの面影を感じることはできるかもしれませんが、そのワインが本来備えている、人を感動させる力に触れることはできないと思います。

 ボルドーやカリフォルニアの最上のカベルネ・ソーヴィニョンは、20年を超えるような適切なボトル熟成によって、まったく別のものに変化します。お茶にたとえてみると、出荷された時点では緑茶(不発酵茶)のように、その原料となった茶葉や製造工程(火入れ)の味わいがストレートに感じられるのに対し、20年を超えるようなボトル熟成を経たカベルネ・ソーヴィニョンからは、半発酵茶である青茶(烏龍茶)の武夷岩茶(ぶいがんちゃ)「大紅袍(だいこうほう)」のように、原料や製造工程に由来する香味というよりは、茶葉由来の香味が昇華した、腐葉土や鉱石の複雑な香りが感じられます。熟成のピークにあるカベルネ・ソーヴィニョンと最良の武夷岩茶に共通するのは、その香りを嗅いだだけで、うっとりとしてしまうことです。

 長期間のボトル熟成を経たカベルネ・ソーヴィニョンは、その見た目も劇的に変化しています。出荷時にはグラスの向こう側を見通すことができないほど濃かった赤紫色が、薄いレンガ色に変化しています。粗く苦味が強かった味わいは落ち着いて、やわらかい優しいものになっています。オークの強烈な香りはワインにすっかり溶け込んで、ほとんどそのニュアンスを見つけることができなくなっており、代わりに、言葉では形容しがたい、複雑でデリケートな、森の腐葉土や、燻したような香りが充満しています。こうした状態に達した最上のワインは、口に含まなくとも、その香りを嗅いでいるだけで、陶然とした気分になります。

 熟成による劇的な変化の結果として、ボトルには赤黒いオリが沈殿しています。これは、もともと葡萄の果皮や種子に含まれていた成分で、アルコール発酵中に果皮を果汁に漬け込んだことにより、ワイン中に抽出されたものです。具体的には、ワインを赤や紫、青に染めるアントシアニン類色素や、ワインに渋みや収斂性を与えるタンニンなどのフェノール物質で、お互いにワインに溶け込んだ酸素を取り込んで複雑に結合し合い、ワインに溶け込んでいられないほど大きな構造へと重合して、オリとして析出します。

 ボトル熟成の結果、ブドウ糖に縛り付けられていた香味成分の前駆体が、加水分解によってブドウ糖から遊離し、熟成したワイン特有の香りを放つようになります。また、酸とアルコールから酢酸エチルといったエステルが形成され、こうしたエステル化によって、ワインの酸味は穏やかに感じられるようになります。

 私自身は、出荷されたばかりの堅いカマンベールよりも、よく熟成して、切り口から中身が溶け出してきているようなものの方が好みです。興味深いことに、手工業的に作られた最高品質のカマンベールと、工業生産されたものをそれぞれの熟成のピークで食べ比べると、同じ種類のチーズとは思われないような大きな味わいの違いがあるのに対し、出荷されてすぐの状態でこのふたつを比べても、それほど大きな品質の隔たりは感じられません。カベルネ・ソーヴィニョン主体のワインもこれと同様で、誤解を恐れずに極言すれば、出荷時点で3,000円程度のワインと1万円程度のボトルを比べても、それほど大きな違いは感じられないものの、20年後には、全く別次元の飲み物に変化しています。私自身も、ボルドーのトップ・シャトーの赤ワインを出荷直後に飲むのは、文化的な犯罪だと思います。

※1 Patrick W. Fegan, "The Vineyard Handbook: Appellations, Maps and Statistics" (2003, Chicago)

第121話『パリスの審判(4)』 のワイン:
ロバート・モンダヴィ カベルネ・ソーヴィニョン リザーヴ

 シャトー・ムートン・ロートシルトのフィリップ男爵がカリフォルニアでのジョイント・ベンチャーのパートナーに選んだことからも分かるとおり、1966年の設立以来、ロバート・モンダヴィ・ワイナリーはカリフォルニアを代表するカベルネ・ソーヴィニョンを生み出してきた。その一方で、「食事の一部としてのワイン」を基本理念としてきたモンダヴィは、1990年代後半のカリフォルニアを風靡した、青い植物的なニュアンスの感じられない、やや過熟したカベルネ・ソーヴィニョンから醸造する、濃厚で高アルコール度のワインの流行になびかなかったため、ロバート・パーカー等のワイン批評家からの批判の矢面に立たされた。

 1998年のカリフォルニアは、ラ・ニーニャによる冷夏のために、カベルネ・ソーヴィニョンには青ピーマンのような植物的なニュアンスが残った。ロバート・パーカーは、モンダヴィのカベルネ・ソーヴィニョン・リザーヴをリリース時に試飲して、89点という例外的に低い評点をつけている。ロバート・モンダヴィの関係者によれば、パーカーの異様に低い評価のために、リリース価格を3分の1にディスカウントしても買い手がつかず、従業員にタダ同然の値段で配られたという。

 しかしながら現在、この1998年ヴィンテージを試飲すると、軽い植物的な香りがワインの複雑なニュアンスへと昇華し、最上のボルドーのような、美しいワインに変貌を遂げている。米国でのリリース価格は1本あたり150ドルであったが、ジャーナリストたちの低評価のため、米国市場では現在、60ドル程度で流通している。
(原稿執筆時点における1996年ヴィンテージ750mlの楽天市場最安値は13,900円[税込]) 

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