2012年3月28日更新!!
【STEP120】オスピス・ド・ボーヌ

 ブルゴーニュワインの中心地であるボーヌは、古代ローマのカエサル(紀元前100年-紀元前44年)が建設に着手した城塞都市で、現在も中世ヨーロッパの面影を色濃く残す、石畳の美しい街です。

オスピス・ド・ボーヌ

 城壁に囲まれたボーヌの旧市街は、半径400メートルほどの小さなものなのですが、際立って人目を引くのは、街の南側にあるオテル・デューの、幾何学模様の屋根です。オスピス・ド・ボーヌは、1443年にブルゴーニュ公国の財務長官ニコラ・ロランによって設立された施療院オテル・デューと、17世紀にアントワーヌ・ルソーによって始められた慈善病院オピタル・ド・ラ・シャリテの運営資金捻出のために始まったワイン競売会で、何世紀にも亘ってこの二つの慈善団体に寄進されてきた60ヘクタール弱の葡萄畑のワインを、アルコール発酵が終了したばかりの11月の第三日曜日に、売却するものです。オークションにかけられるワインには、「マジ・シャンベルタン」等の原産地呼称だけでなく、「キュヴェ・マドレーヌ・コリニョン」といったふうに、「キュヴェ(※1)」に続けて寄進者等の名前が付けられています。

 オテル・デューに寄進された葡萄畑のワインは、当初から慈善施療院の運営資金捻出のために販売されてきたのですが、1457年の最初の葡萄畑の寄進以降400年間、ワインは顧客に直接販売されてきました。オテル・デューのワインが世に広く知られるようになった1859年、慈善施療院運営のためのより多くの資金を捻出できるよう、公開の場で、オークションによって買い手を決めることになりました。60ヘクタール弱の葡萄畑のワインは41のキュヴェに分けられ、競売に付されるのですが、長らく、このオークションに入札できるのは、ブルゴーニュのネゴシアン(酒商)のみでした。日本の輸入業者が購入を目指す場合は、取引のあるネゴシアンに同席してもらい、そのネゴシアン経由で入札する必要がありました。落札した樽は、ネゴシアンが翌年の1月1日までにドメーヌ・デ・ゾスピス(オスピス・ド・ボーヌ)から引き取り、自社で樽熟成と瓶詰めを行います。

 1990年代後半以降、ボルドーの高級ワインが高騰し、生産者や流通業者に富をもたらした一方、ブルゴーニュワインは低迷していました。2004年ヴィンテージのオスピス・ド・ボーヌの競売価格が下落すると、ブルゴーニュでは様々な議論が交わされるようになり、結果として、2005年から競売会の運営を、イギリスの著名なオークション・ハウスであるクリスティーズが取り仕切ることになりました。クリスティーズが行った最大の改革は、世界のワイン愛好家が電話やインターネットを通じて、直接オークションに参加できるようにしたことで、偉大なヴィンテージに恵まれたこともあり、2005年ヴィンテージのひと樽(228リットル)あたりの平均落札価格は4,806ユーロで、前年比11%増となりました。例年、オスピス・ド・ボーヌの落札価格はチャリティー・オークションの色彩が強く、一般的なブルゴーニュワインの取引価格の2〜3倍で落札されています。

生産上の問題

 2005年ヴィンテージのマジ・シャンベルタンに代表されるように、近年のオスピス・ド・ボーヌでは秀逸なワインもつくられるようになったのですが、必ずしもその潜在力をすべて発揮しているようにはみえません。オスピス・ド・ボーヌのワインはその生産管理において、構造上の欠陥を抱えています。

 オスピス・ド・ボーヌは、非営利団体として60ヘクタール弱の葡萄畑を所有しているのですが、これをそれぞれの地区の独立した23名の小作人が耕作しています。これらの小作人は、オスピス・ド・ボーヌの区画だけを専門に耕しているのではなく、自分の所有する畑を耕作する片手間で行っているというのが実情で、つまるところ、オスピス・ド・ボーヌの畑の優先順位は低くなっています。また、小作人の収入の一部が、ワインの落札価格に比例して支払われたことから、村名ワインを担当する小作人のやる気を削ぐ結果となりました。理想論からいえば、契約した小作人に葡萄畑の管理をさせるのではなく、通常のドメーヌと同じように、オスピス・ド・ボーヌのスタッフが直接管理に当たるべきです。

 第二の問題は、醸造に用いられるオーク樽にあります。オスピス・ド・ボーヌのオークションでは、ワインを樽ごと売却するため、セラーには古い樽のストックがなく、すべてのワインは新樽100%で熟成が行われます。これは、良作年の特級畑のワインでは問題とならないものの、平均以下のヴィンテージや水はけの悪い畑のワインでは、オークの風味が強すぎて、バランスの悪いものになります。実際のところドメーヌ・デ・ゾスピスでは、プイィ・フュイッセといった最上級ではない白ワインすら、新樽で醸造が行われています。また、オスピス・ド・ボーヌは長らく、「オーク樽の内側を強くローストし過ぎており、ワインからは焦げ臭しかしない」と批判されてきました。ドミニク・ローランは、新樽で熟成中のワインをさらに別の新樽に移し替える、「新樽200%熟成」と呼ばれるエキセントリックな手法で知られる生産者ですが、彼がこの方法を始めたのは、オスピス・ド・ボーヌの慈善競売会で落札したワインの樽の風味が気に入らず、自分好みの新樽に詰め替えたからでした。

 オスピス・ド・ボーヌのワインの第三の問題は、同じキュヴェであっても、熟成と瓶詰めを行ったネゴシアンによって、全く異なる味わいのワインになってしまう可能性があることです。もっとも高額で取引される赤ワインのひとつであるマジ・シャンベルタンの場合、区画は1.75ヘクタールあり、例年27樽程度のワインが出来上がります。こうしたワインは複数の入札者によって落札され、それぞれが委託するネゴシアンによって熟成と瓶詰めが行われます。このため同じキュヴェであっても、新樽200%熟成で知られるドミニク・ローランのように、熟成を行ったネゴシアンによって味わいが大きく異なることがあり、消費者にとっては悩ましい問題です。

 ブルゴーニュのネゴシアンの既得権益を放棄させることは非常に困難なのでしょうが、理想をいえば、オスピス・ド・ボーヌは独立したドメーヌとして栽培から醸造、瓶詰めまでを行い、ワインはボトルに詰められた状態で、1ケース(※2)単位で消費者に直接販売すべきだと思います。こうすれば、ワインの品質を格段に向上させることができますし、中間流通を省くことによって売却金額も上昇し、より多額の浄財を集めることができます。

※1 cuvée:「発酵槽」を意味する"cuve"から派生した単語で、「ブレンド」や「スペシャル・ブレンド」程度の意味。ワイン法上は使用制限がないため、"cuvée"とラベルに書かれていても上級ワインであるとは限らない。

※2 750MLボトル12本、または1500MLボトル6本。

第122話『ジャンヌ・ダルクのワイン(前編)』 のワイン:
ボーヌ・キュヴェ・ニコラ・ロラン オスピス・ド・ボーヌ

 ボーヌ・キュヴェ・ニコラ・ロランは、モーリス・パレゴワ夫人が1963年に寄進した、ボーヌの5つの第一級畑(レ・サン・ヴィーニュ、レ・グレーヴ、レ・トゥーロン、レ・ザン・ジェネ、レ・ブレッサンド)のブレンドからなり、キュヴェ名はオテル・デューの創設者にちなむ。完璧な天候に恵まれた1990年ヴィンテージは、完熟したピノ・ノワールに由来するイチゴの風味をもつ一方、オークの風味がやや過剰にも感じられる。

 オスピス・ド・ボーヌのワインを購入する上で忘れられがちなのは、その最長24ヶ月に及ぶ樽熟成と瓶詰めを、誰が行ったかということ。アルコール発酵直後に競売に付されたワインは、ブルゴーニュのネゴシアンに樽ごと引き取られて育酒が行われるが、誰がこれを行ったかによって、品質に大きな差がでることがある。たとえば、例年27樽(8,200本)程度生産されるキュヴェ・マドレーヌ・コリニョンの1990年ヴィンテージは、ルロワ社やアントナン・ロデ社、カルヴェ社などが落札したが、出荷後に比較試飲したところ、ルロワ社の瓶詰めしたボトルが濃厚かつ深い味わいで、突出していた。実際、市場においても、ルロワ社詰めのボトルがもっとも高額で取引された。誰が育酒と瓶詰めを行ったかは、ラベルの下部に記されている。
(原稿執筆時点における1990年ヴィンテージ750mlの楽天市場最安値は26,145円[税込]) 

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