2012年5月23日更新!!
【STEP122】モダン・バローロは熟成するか

 ブルゴーニュの赤ワインの生産者は、ドメーヌ・ド・ラ・ロマネ・コンティに代表される、除梗を行わずに房ごと浸漬するホール・クラスター(全房)派と、アンリ・ジャイエに代表される、果梗を取り除いて果粒だけで醸造を行う除梗派に大別できます。現在、両派の秀逸な生産者の1980年代や1990年代のワインを比較試飲すると、スタイルの違いは明瞭に現れているものの、どちらも美しく熟成しています。

バローロ

 北西イタリア、ピエモンテ州のアルバの町の南でつくられるバローロはイタリアを代表する重厚な赤ワインで、古くから「王のワインであり、ワインの王である」とされてきました。バローロの伝統的な個性は、強い酸味と過剰なほどのタンニン分、そして酸化的ワイン醸造に由来する獣(けもの)や鞣(なめし)革のような香りで、先天的に誰もが好きになれるタイプのワインではなく、飲み続けるにしたがって忘れられなくなる、後天的なものでした。

 これらの個性に大きな影響を与えていたのは葡萄品種と醸造方法で、晩熟で酸度が高く、タンニン分豊かなネッビオーロなくしてはバローロの個性は存在せず、また、かつてワイン法によって最低3年間の樽熟成が義務づけられていたために、ワインは出荷された段階ですでに熟成を示唆するレンガ色の色調をたたえていました。

 ネッビオーロがピノ・ノワールと同様に栽培の非常に難しい、デリケートな葡萄品種であり、特に10月に入ってからやっと収穫が始まるような晩熟型であるために、この品種の栽培に適した畑は非常に限られ、現在においてもピエモンテ以外ではほとんど栽培されていません。

バローロの革新

 1970年代以降、世界の消費者がより果実味のある、若くてもおいしく飲めるワインを好むようになると、バローロ及びほとんどのイタリアワインは流行遅れの感を否めませんでした。高級赤ワインの多くは過剰な抽出によって苦みの強いものとなり、その苦みをやわらげるために、伝統的な大樽で3年を越えるような長期熟成を行っていました。こうしたワインの多くは出荷時点ですでに果実味を失い、疲れきった味わいで、伝統的な消費者には支持されたものの、先天的な味わいを求める新しい世代には受け入れられませんでした。

 こうした市場の流れを受けて、タンニン分がおだやかで、より果実味があり、若くてもおいしく飲めるバローロを目指したのが、レナート・ラッティやコルデーロ・ディ・モンテツェモロ、チェレットといった改革派でした。彼らは伝統的な、2ヶ月に及ぶような果皮のマセレーション(浸漬)を2週間程度に短縮し、樽での熟成期間を減らす一方で、出荷前のボトル熟成を重視するようになりました。酸化のニュアンスの少ない、クリーンな彼らのワインは特に輸出市場で高い評価を受けるようになりました。

 1980年代になるとバローロ・ボーイズと呼ばれる急進派(モダン・バローロ)が生まれ、バローロを取り巻く環境はさらに複雑になってきました。彼らは改革派の理念を極端に推し進め、ロータリー・ファーメンター(※1)の導入によってたった2~4日間で抽出を完了させ、新しいオークの小樽で最小限の樽熟成を行います。こうしたワインはネッビオーロの個性が前面に出た、果実味あふれるニュー・ワールド・スタイルで、彼らのロビー活動により、バローロDOCGの最低樽熟成期間は1年となりました。彼らの果実味あふれるワインは、カリフォルニアワインのテイストに慣れ親しんだ米国市場で爆発的な支持を集め、イタリアワイン・ルネッサンス(イタリアワインの再評価)の原動力となりました。

モダン・バローロは熟成するか

 バローロではかつて、完熟に至る前のネッビオーロを高収量で収穫したため、果皮のタンニンはまだ青いままで、よく重合していませんでした。また、果皮から充分な色素を抽出するため、果皮の浸漬は最長2ヶ月にも及び、果皮に含まれる青いタンニンを過剰に抽出する結果となりました。そしてこの過剰なタンニンを和らげるために、スラヴォニアン・オークの大樽での長期間に及ぶ熟成が行われていました。こうした醸造の結果、ネッビオーロ本来の果実味は失われ、凡庸な生産者のバローロは、ざらざらとしたタンニン分しか感じられない、新しい消費者には受け入れられがたいものとなっていました。

 こうした伝統を覆すためにモダン・バローロの生産者たちが行ったのは、ネッビオーロが完熟するまで収穫を待ち、果皮に含まれるタンニンを過剰に抽出しないよう、アルコール発酵初期の段階において短時間で効率的に色素を抽出することでした。市場の求める果実味を大切にするため、ワインはオークの小樽で短期間だけ熟成が行われました。モダン・バローロは出荷直後でもおいしく飲めるため、新しい消費者層の圧倒的な支持を集めました。

 私自身は、20年を超えるような長期間のボトル熟成を意図した、伝統的なバローロの方が好みなのですが、出荷直後に飲んでもおいしく感じられるモダン・バローロには、それなりの存在理由があると考えてきました。実際、ミレニアム前後に出荷された1996年ヴィンテージのバローロを比較試飲すると、日本の多くの消費者もモダン・バローロの近づきやすい味わいを支持していました。この考えは現在も変わらないのですが、その一方で、モダン・バローロの生産者が醸造する上級品のなかには、疑問を感じるものも出てきました。つまり、長いボトル熟成を必要としない、若飲み用のバローロとして、日本の小売価格で5,000円程度で販売されているものに関しては疑問を感じないのですが、10,000円を超えるような価格で販売されている一方、ボトル熟成の潜在力に疑いを感じるようなものが市場で散見されるようになりました。ここでいう「ボトル熟成」とは、「発酵直後の粗さが取れてワインがなめらかになる」という、ほぼすべてのワインにあてはまる初期的な変化のことではなく、「発酵直後の段階では感じられなかった複雑な味わいが、長い熟成によってその輪郭を現し、やがてワインの味わいそのものを支配する」という、本質的な変化を指します。

 近年、個人的な興味もあって、1980年代や1990年代のバローロの比較試飲をしばしば行ってきたのですが、20年を超えるようなボトル熟成によってほとんどのモダン・バローロの果実味が衰える一方、熟成に由来する複雑な香味があまり生まれていないことに愕然としています。もちろん、パオロ・スカヴィーノやエリオ・アルターレといった最上の生産者の最上のワインは、長いボトル熟成後もおいしく飲めるものの、バローロのヘビー・ユーザーがブルーノ・ジャコーザやヴィエッティ、ジャコモ・コンテルノに期待するような複雑な味わいは生まれていないように思います。私個人には、果皮の浸漬の期間が短かったものほど、複雑な香味が生まれていないように感じられ、果皮から香味の前駆体を抽出することの重要性を再認識しています。個人的な結論として私は、「モダン・バローロのなかには長いボトル熟成によって質が向上するものもあるものの、伝統派の最上のバローロのように、飲み手を深く感動させる領域には達していない」という印象をもっています。

※1 赤ワイン用ステンレス製回転式発酵タンク。内部のプロペラが水平に回転することにより、発酵中のワインと果皮をコンピューター制御で攪拌し、短期間での色素の抽出を可能とする。カリフォルニアやオーストラリアで広く採用され、近年ではブルゴーニュでも採用されている。

第124話『過去からの眼差し』 のワイン:
バローロ・リゼルヴァ・モンフォルティーノ ジャコモ・コンテルノ

 ワインの専門家に「最上のブルゴーニュの赤はなにか」と尋ねたら、ロマネ・コンティやアンリ・ジャイエ、ドメーヌ・ルロワなど、10人が10人、すべて別々のワインを選ぶかもしれない。「最上のボルドー赤はなにか」「シャンパーニュの頂点は?」と聞いても、同じような結果になると思う。しかしながら、「最上のソーテルヌはなにか」と問われれば、10人が10人ともシャトー・ディケムと答えるだろうし、「ブルネッロ・ディ・モンタルチーノの最上の生産者は誰か」と聞かれたら、ほとんどの人はジャンフランコ・ソルデラを挙げるだろう。同様にしてバローロの場合は、ジャコモ・コンテルノのモンフォルティーノに異議を挟む人は少ないと思う。

 ジャコモ・コンテルノはバローロ地区の南東部に、カッシーナ・フランチャと呼ばれる16ヘクタールの斜面の畑を所有し、良作年には最良の2ヘクタールの区画からモンフォルティーノを醸造する。畑は西南西向きの海抜高度約500メートルで、石灰岩混じりの土壌は水はけが良い。収穫は例年、10月中旬に手摘みで行われる。ワイナリーでは100%除梗したのち、ステンレス製の発酵タンクで培養酵母を加えずに自然に発酵させ、温度調節も行わない。果皮の浸漬は5週間にも及ぶ。マロラクティック発酵後、ワインはスラヴォニアン・オークの大樽に移し、少なくとも7年間熟成させる。バローロの伝統派というと、古めかしく清潔感に乏しいセラーで醸造されているような印象があるが、ジャコモ・コンテルノのワイナリーは最新鋭のもので、非常に衛生的。

 モンフォルティーノは、収穫後25年以上の熟成を経たあとで初めて消費されるべきワインで、ネッビオーロの個性を反映した薄めの色調を呈し、腐葉土やタール、しおれたバラといった複雑な香りに満ち、豊かなタンニンと酸に恵まれた、余韻の長いワイン。
(原稿執筆時点における1995年ヴィンテージの店頭価格は67,200円程度)

-TOPページへ戻る-