2012年7月25日更新!!
【STEP124】ボルドー・サテライト

「ワインの品質にもっとも大きな影響を与えるのは、畢竟、シャトーのオーナーとその経営方針である(※1)」

アレクシス・リシーヌ
(1913 - 1989)

ボルドー・サテライト

 近年、コート・ド・ブールやコート・ド・カスティヨン、ラランド・ド・ポムロールといった、かつて格下にみられていたボルドーの衛星地区から、メドックの格付けシャトーに匹敵するような品質のワインが彗星のように現れています。1980年代末にバイヤーとしてジロンド河右岸をしばしば訪れ、小売価格1,500円程度(当時)で販売可能な生産者元詰めワインを探した経験のある私にとって、これは寝耳に水の出来事で、1990年代後半にロバート・パーカーやアラン・スペンサーからこうしたワインの存在を告げられても、にわかには信じることができませんでした。ボルドーの著名なブローカーであるユグ・ロートンの推薦状を携えて、私が1980年代後半に訪問したボルドー・サテライトの生産者たちは、ロートンの「地区最良の生産者」という折り紙つきにもかかわらず、いわゆる「貧農」といった状態で、ワイナリーの内部はうす汚れ、ワインには微生物による汚染が散見されました。この訪問でショックを受けた当時の私のノートには、「ボルドーのネゴシアンは、小規模生産者から発酵の終わったワインをバルクで購入するのではなく、カリフォルニアのように葡萄で買い上げて、自社で醸造を行うべきだ」と記されています。マルゴーから船で5分しかかからないにもかかわらず、ブールやブライは対岸のメドックとは全く別の世界で、最初の生産者の敷地に入った瞬間に、ダーク・スーツを着てきたことを後悔していました。

シャトー・デギュイユ

 サンテミリオンの東に広がるコート・ド・カスティヨンはボルドーでも長らくマイナーな生産地区で、「ムートン・カデ」や「ヌメロ・アン」に代表される、大手ネゴシアンが瓶詰めするACボルドーの赤の、ブレンド原料供給基地となっていました。しかしながら近年、クロ・レ・リュネルやカプ・ド・フォージェール、クロ・レグリーズ(※2)といった秀逸な生産者元詰めワインが次々と現れ、その「凡庸なワイン」のイメージを覆しています。

 シャトー・デギュイユはクロ・レグリーズと並び、コート・ド・カスティヨンのワインとして初めてロバート・パーカーから90点超の評価を得たワインのひとつで、この地のワインが批評家からこのような高評価を得ることは、1980年代では考えられないことでした。シャトー・デギュイユを生まれ変わらせたのは、サンテミリオンの最高額ワインのひとつであるラ・モンドットのオーナーのフォン・ナイペルグ伯爵で、1998年12月の買収以降、葡萄畑やワイナリーに莫大な投資を行い、ワインの品質を劇的に向上させています。

 シャトー・デギュイユはジロンド河の支流であるドルドーニュ河を見下ろす丘に位置し、110ヘクタールの敷地内の、水はけのよい南向きの斜面の上部50ヘクタールにだけ、葡萄樹が植えられています。植樹比率はメルロー80%とカベルネ・フラン20%で、手摘みで収穫されたのち100%除梗し、木製の発酵槽でアルコール発酵を行います。色素や香味成分をよく抽出できるよう、ボルドーでは珍しくパンチング・ダウン(※3)を行い、4週間程度果皮を醸した後、オーク樽(新樽80%程度)で18ヶ月間ほどオリとともに熟成させます。

 フォン・ナイペルグ伯爵が収穫から醸造までを行った1999年ヴィンテージ以降、ワインはコート・ド・カスティヨンの原産地呼称からは想像できないような、非常に深い赤紫の色調で、オーク樽に由来するコーヒーやトースト香が、果実に由来するブルーベリーのような香りとあいまって、ワインに奥行きを与えています。良く抽出されたフル・ボディの赤ワインで、やや過剰な抽出のためか、出荷時点ではえぐみが感じられることがありますが、5年程度のボトル熟成で美しく変貌します。ボルドーの伝統的な生産者のなかには、「地域性が感じられない」として、こうしたボルドー・サテライトの新星を批判する人たちがいますが、最新ヴィンテージの日本での小売価格が3,500円程度であることを考えれば、非常にお買い得なワインであり、批判は守旧派の妬みにしか聞こえません。

シャトー・ラ・フルール・ド・ブアール

 シャトー・デギュイユやクロ・レグリーズといったボルドー・サテライトの新星が誕生する背景には、ワインが高品質であれば、原産地呼称にかかわらず高い対価を支払ってくれる消費者の存在が必須でした。おそらく、伝統的なヨーロッパの消費者は、コート・ド・ブールやコート・ド・カスティヨンといった原産地呼称のワインに、2,000円を超えるような小売価格を払うことはなかっただろうと思います。こうした意味で、原産地呼称にかかわらずワインを100点満点で評価するロバート・パーカーやワイン・スペクテイターの出現は、ワインの出自がワインの流通価格を縛っていた業界を民主化したといえます。

 現在、もっとも高額で販売されているボルドー・サテライトはル・プリュス・ド・ラ・フルール・ド・ブアールです。これは、サンテミリオンの最良の生産者のひとつであるシャトー・アンジェリュスのユベール・ド・ブアール・ド・ラフォレが、ラランド・ド・ポムロールに所有するシャトー・ラ・フルール・ド・ブアールで、最上のロットのワインのみを瓶詰めするもので、ファースト・ヴィンテージとなった2000年はロバート・パーカーから99点と評価され、世界的に1本3万円程度で小売されています。

 ラランド・ド・ポムロールは、ポムロールの北東に隣接する赤ワインの産地で、長らく格下とみなされ、日本での小売価格が1本4,000円を超えるようなものは皆無でした。1998年に現在のシャトー・ラ・フルール・ド・ブアールを購入したユベール・ド・ブアール・ド・ラフォレは、葡萄畑とワイナリーに投資を行い、ボルドー最良のワインのひとつを生み出すに至っています。25ヘクタールの葡萄畑の植樹比率はメルロー80%、カベルネ・フラン15%、カベルネ・ソーヴィニョン5%で、除梗を機械ではなく手作業で行ったり、腐敗果や未成熟果、混入した枝葉を取り除く選別作業を除梗の前後に二度行ったりと、メドックの格付けシャトーでも行っていないようなコストのかかる作業を、細心の注意を払って実施しています。ボルドーではあまり見られないアルコール発酵前のコールド・マセレーションを行って色素と香味の抽出を行い、ル・プリュス・ド・ラ・フルール・ド・ブアールの場合はフレンチ・オークの新樽100%で33ヶ月間熟成させます。年産5,000本程度しかつくられないル・プリュス・ド・ラ・フルール・ド・ブアールは濃いだけのワインではなく、ブルゴーニュ風に繊細に醸造された、果実と酸のバランスが取れた、複雑で奥行きのあるワインであることに驚かされます。

 冒頭のアレクシス・リシーヌの言葉は、彼が「1855年のボルドーの格付け」の個人的な改訂版を1978年に発表するにあたって書き添えたものなのですが、これは「偉大なテロワール」のみならず、「対岸の荒地」にも当てはまるようです。

※1 Lichine, A., "Alexis Lichine's Guide to the Wines and Vineyards of France" (1979)
※2 ポムロールの同名の生産者と混同しないこと。
※3 アルコール発酵中、液中から浮かび上がってくる果皮を、棒状の器具でワイン中に沈める作業(仏語:ピジャージュ)。ボルドーでは一般に、ポンピング・オーバー(発酵タンクの下部からワインを引き抜き、ポンプにより果皮の上にワインを循環させる作業。仏語:ルモンタージュ)が行われる。

第126話『告解』 のワイン:
ロック・ド・カンブ

 ロック・ド・カンブはドルドーニュ河右岸の、コート・ド・ブールを代表するシャトーで、もっとも高額で取引されるボルドー・サテライトのひとつ。1980年代末にユグ・ロートンから渡された推薦リストにこのシャトーが含まれていなかったのは、シャトー・テルトル・ロトブッフ(サンテミリオン)のオーナーであるフランソワ・ミジャヴィルがこの葡萄畑を購入し、積極的な投資を始めたのが1988年のことだったからのようで、以降、ワインは劇的な変化を遂げている。ドルドーニュ河に程近い12ヘクタールの畑にはメルロー 75%とカベルネ・ソーヴィニョン20%、マルベック 5%が植えられており、シンデレラワインとも評されるテルトル・ロトブッフと同様の手法で、低収量・遅摘みが行われている。ワインはコンクリートの発酵槽でアルコール発酵を行った後、フレンチ・オークのバリック(新樽比率50~60%)に移し、小樽内でマロラクティック発酵を行う。テルトル・ロトブッフとロック・ド・カンブはどちらも、新樽に由来するオークの香味に負けない、エキゾチックな果実の厚みをもっているが、ミジャヴィルはこのふたつのワインを比べて、「テルトル・ロトブッフがやわらかい一方で深く、繊細だけれども力の存在を感じさせるクラシック音楽のようであるのに対し、ロック・ド・カンブは色調がより濃く、明け透けなパワーを感じさせる、ハード・ロックのようなワイン」だとしている。
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