2012年8月22日更新!!
【STEP125】ブルゴーニュ白の夭折

 2005年頃から欧米で、ブルゴーニュ白のボトル熟成能力に対する懸念が広がり、ワイン業界を騒然とさせました。これは当時、飲み頃のピークに差し掛かっていると考えられた、1996年ヴィンテージの高級銘柄の多くに、過度の酸化による劣化がみられることに端を発しました。私自身も、 "premature-oxidation" [プレマチュア・オキシデーション](ボトル熟成のピークを迎える前の酸化劣化)とか "random oxidation" [ランダム・オキシデーション](ボトリング後の無作為な酸化劣化)であると広く指摘されているワインを数銘柄試してみたのですが、まだ収穫から10年であるにもかかわらず黄金や褐色に変色し、シェリーのようなアルデヒドの混じる香りからは新鮮な果実香が失われ、フラットで枯れた味わいを呈していました。私自身の経験では、特定の生産地区や畑のワインで起こっているのではなく、特定の生産者のワインに散発的に発生している問題です。

ランダム・オキシデーション

 ランダム・オキシデーションとは、明白な原因が分からないまま、瓶詰め後6~18ヵ月を経て、一部のボトル(通常白ワイン)のワインが茶褐色化し、香味を失ってしまう現象を指します。この現象の発生率は問題のある銘柄により、おおよそ1~25%程度であるとされていますが、ワインを出荷する段階では褐色化が始まっていないため、ほとんどの生産者は事前にこの問題に気がつかず、流通や消費者からの問い合わせによって初めて、事態の深刻さを思い知らされています。問題を複雑にしているのは、発生が散発的であることで、出荷から同じ環境下にあったケースの中で数本が極端な酸化状態である一方、残りのボトルは完全に健全な状態であったりします。このため、劣化したボトルに突き当たるまでは、購入者もこの問題に気がつきません。また、問題の発生しているボトルが1ケース中に1本だけである場合などは、購入先のワインショップにわざわざ返金を要求するのも気が引け、苦情をためらってしまうケースも多いようです。

 この問題が明るみにでたのは、ヘビー・ユーザーがインターネット上の掲示板に書き込みをしたことに端を発するようですが、その後、オーストラリアのワイン研究家であるジェームズ・ハリディが、このプレマチュア・オキシデーションのために、自分のセラーに眠っていた膨大な数のブルゴーニュの白ワインを破棄したと告白したり、ブルゴーニュを専門分野とするワイン批評家のクライヴ・コーツも、「1996年ヴィンテージだけでなく、1997年や1998年、1999年も異常なスピードで酸化が進んでいる」と英・デキャンタ誌に寄稿しています。ブルゴーニュの生産者を震撼させたのは、イギリスの有力な会員制ワイン購入クラブであるザ・ワイン・ソサイエティ(会員数9万人)がこの問題を重く見て、会員が購入した1996年ヴィンテージの返品を促したことでした。ブルゴーニュ白の最良の生産者のひとつであるエティエンヌ・ソゼは、このザ・ワイン・ソサイエティのリコールに応じています。ブルゴーニュ白の1996年ヴィンテージは一般に、1990年代で最良の年と考えられてきましたが、ランダム・オキシデーションが大量に報告された現在、その名声は地に堕ちつつあります。広く問題が指摘されている生産者には他に、ラモネやボノー・デュ・マルトレ、ジョルジュ・ルーミエ等、ブルゴーニュを代表する生産者の名前が連なっています。私自身、ブルゴーニュ白の1996年ヴィンテージで6本以上の単位で購入したワインには、ルフレーヴのピュセルやコント・ラフォンのクロ・ド・ラ・バール、ラモネのルショットやルイ・ラトゥールのコルトン・シャルルマーニュが含まれるのですが、ルフレーヴやコント・ラフォン、ルイ・ラトゥールのワインではいまのところ酸化のニュアンスは微塵も感じられない一方、ラモネのルショットは5割以上の確立で劣化しています。

 なぜ、1996年ヴィンテージ前後のコート・ド・ボーヌのワインに集中してプレマチュア・オキシデーションが発生しているのかについて、ジャンシス・ロビンソンやロバート・パーカーのホームページ上の会員制掲示板で、専門家による白熱した議論が続いているのですが、いまだに「真犯人」は特定されていません。現在容疑をかけられているのは、不均質な天然コルク栓やその漂白に用いられた過酸化水素の残留、葡萄果中のグルタチオンの欠如、不十分な二酸化イオウ(SO2)濃度や過度のバトナージュ、除酸やフィルター処理、過大な収量やボトリティスによる腐敗果の混入、マロラクティック発酵(MLF)を誘引するためにセラーを暖めたこと、などです。

二酸化イオウの添加量

 1980年代末以降、ブルゴーニュの生産者の間では、米国の輸入業者からの圧力や、より自然なワイン生産を目指そうとする意思のために、SO2の添加量を減らそうとする傾向がありました。研究者の中には、1990年代の半ばにその傾向が度を超えてしまったと考えている者がいます。特に、1993年以降は多くのドメーヌで選果台が導入され、ほぼ完全に腐敗果を排除できるようになりましたが、こうした腐敗果の酸化酵素を不活性化させる目的で上乗せされていたSO2は不要になったと考えられ、生産者たちはSO2の添加量を減らしても問題ないと考えるようになっていました。実際、ブルゴーニュの生産者の間では、このプレマチュア・オキシデーションの原因は酸化防止剤としてのSO2の量が少なすぎたからであると考えるのが主流のようで、「近年ではSO2の添加を以前の量に戻している」という話をよく聞きます。

バトナージュ

 白ワインの小樽発酵後、樽の底に沈殿した酵母の死骸を攪拌することにより、酵母の自己消化からワインが複雑味を帯びると同時に、乳酸菌が活性化し、MLFが起こりやすくなることが知られています。また、このバトナージュにより、不快な匂いのする硫化水素等の発生を抑制することができますが、その一方で、ワインを空気にさらしてしまうリスクもあります。実際、問題となっている1996年には多くの生産者がバトナージュを多用したとされています。その理由は1996年が高収量の年で、果汁の酸度が高かったために、ワインに豊かさを与える必要があり、そのため通年以上のバトナージュが必須であると考えたからです。ワイン批評家のステファン・タンザーによれば、「コシュ=デュリは1996年に、バトナージュをかつてしたことがないほど行ったと告白している」そうで、1996年ヴィンテージの夭折を目撃した後、コシュ=デュリやコント・ラフォンを含む多くの生産者が、バトナージュの回数を劇的に減らしたり、バトナージュ自体を止めてしまった、としています。ヴェルジェのジャン=マリー・ギュファンスは自分の1994年、1995年、1996年ヴィンテージでプレマチュア・オキシデーションが起こっているのを知ってから、1997年以降はバトナージュの回数を減らしてSO2の添加量を増やし、樽熟成の期間を短くしているといいます(1999年ヴィンテージでは、バトナージュ自体を止めてしまっている)。研究者の間では、頻繁にバトナージュを行った生産者のワイン(特にMLF後のバトナージュを行った生産者)と早期酸化の間には明瞭な相関があると考えられていますが、バトナージュが唯一の原因であるとは到底考えられません。というのは、1996年ヴィンテージに全くバトナージュを行っていないラモネとルイ・ジャドのワインに、高い比率でのプレマチュア・オキシデーションが見つかっているからです。ドメーヌ・ラモネではこの問題の原因を、使用したコルクに残留していた過酸化水素(常温で薄い青色の、やや粘性がある液体で、酸素を放出する)のためであると考えており、ルイ・ジャドの場合はSO2の添加量が少なすぎたことが原因ではないかと考えているようです。

デュボルデューの見解

 白ワイン醸造の権威とされるボルドー大学のドゥニ・デュボルデュー教授はこのブルゴーニュ白の早期酸化劣化について、「近年のブルゴーニュの畑では、除草剤を散布する代わりにカバー・クロップを植えるようになったが、結果としてカバー・クロップが葡萄樹と水分の奪い合いをするようになり、葡萄樹に過剰な水分ストレスを与えるようになった。このストレスによって、(アミノ酸の一種で酸化防止能をもつ)グルタチオンの葡萄中での生成が妨げられており、醸造段階で酸化防止の役割を担う果汁中のグルタチオンが不十分であることが、ブルゴーニュの白ワインの早期酸化劣化の一因であると考えられる」としています。カーネロスのシャルドネの生産者として先駆的な役割を担っているセインツベリーのデイヴッド・グレイヴスは同様に、「成長期の葡萄樹に対する過剰な水分ストレスが犯人ではないか」と発言しています。

天然コルク栓

 歴史的に、同様の環境下にあった1ケースのなかで、酸化劣化したボトルと健全なボトルが混在している場合は、「天然コルクの不均質な組成に由来する、特定のコルク栓の密閉性に問題があったため」とされてきました。しかしながら今回のケースでは、ブルゴーニュの白においてのみこの早期酸化劣化がみられ、他の産地のワインで同様の問題が指摘されていないことから、コルクだけの責任ではないとする意見もあります。その一方で、スクリュー・キャップの使用がセールス・ポイントになりつつあるオーストラリアやニュージーランドのワインメーカーたちはこれを天然コルクに由来する問題と決め付け、「だから天然コルクはダメだ」「スクリュー・キャップは優れている」という結論に導こうと、この問題を濫用しています。

 1990年代に、主に2,4,6-トリクロロアニソール(TCA)によるコルク臭の問題が世界的に知られるようになってから、天然コルク栓の生産者たちはTCAの原因となる塩素による洗浄をやめ、代わりに過酸化水素を漂白に用いるようになりました。一部のワイン生産者たちは、過酸化水素での漂白後の中和が充分でなかったために、一部のコルク栓に過酸化水素が残留し、これがワインを酸化させたのではないか、と疑っています。実際に、「プレマチュア・オキシデーションを起こしたボトルのコルクのディスク面が、薄く青みがかっていた」という報告もあります。

アモリムの反論

 多くのワイン生産者が強硬に主張する「天然コルク栓犯人説」に対して、世界最大の天然コルク栓の生産者であるアモリムは「ランダム・オキシデーションの主たる原因はまだよく分かっていない」とし、「チャールズ・ステュート大学(オーストラリア)のジョフ・スコラリー教授は、酸化防止剤としてSO2と併用されるアスコルビン酸(ビタミンC)にその一因があるとしている」と反論しています。スコラリー教授は、「アスコルビン酸自体には抗酸化作用があるが、添加されたアスコルビン酸はワイン中で分解されて、過酸化水素等の酸化を促進する化学物質に変化することがある」としています。特に「アスコルビン酸とSO2が同程度の濃度でワイン中に存在する場合は、ワインの酸化を遅らせる効果があるものの、酸化自体を防止することはできなくなる」とし、「これが、瓶詰め6~12ヵ月後にランダム・オキシデーションが現れる原因ではないか」としています。スコラリー教授はまた、一般的な理解とは逆に、アスコルビン酸を添加する場合は、アスコルビン酸を添加しない場合以上のSO2の添加が必要である」としています。

 このアモリムの反論は興味深いものではありますが、アスコルビン酸が広く用いられているのはオーストラリアだけであり、今回問題となっているブルゴーニュでは使われていません。そういう意味で、ブルゴーニュ白のランダム・オキシデーションに対する反論としては、全くの的外れです。

 おそらく、プレマチュア・オキシデーションの犯人はひとつではなく、その発生には複数の要因が複雑に絡み合っているのだと想像します。ブルゴーニュの生産者は一刻も早くこの原因を解明して、消費者を安心させる必要があります。私自身は、これと同様のことが、マイクロ・オキシジネーションの行われたボルドーの赤ワインで起こらないことを、切に願っています。

第127話『宿命』 ‐前編‐ のワイン:
モンラッシェ ドメーヌ・ラモネ

 ドメーヌ・ラモネはシャサーニュ・モンラッシェ村を代表する生産者。ピュリニー・モンラッシェのドメーヌ・ルフレーヴや、ムルソーのドメーヌ・デ・コント・ラフォンと並び、ブルゴーニュの最上の白ワインを産するが、知名度でやや劣るために比較的購入しやすく、玄人好みのワインとなっている。

 ドメーヌ・ラモネでは収穫したシャルドネを搾汁後、大型の発酵槽でアルコール発酵が始まるのを待ち、発酵終盤になってからフレンチ・オークの小樽に移す。新樽比率はワインのクラスによって10%から75%とばらつきがあり、最上級ワインであるモンラッシェは75%程度の新樽比率。ドメーヌ・ラモネでは、「バトナージュはワインの寿命を縮める」と考えており、コート・ド・ボーヌの白ワイン生産者としては珍しく、バトナージュをほとんど行わない。アルコール発酵後にオーク樽の底に溜まるオリは、マロラクティック発酵の終了後、分離される。

 平均樹齢75年に及ぶシャルドネの古木から、毎年3樽(ひと樽は228リットル)程度醸造されるドメーヌ・ラモネのモンラッシェは、ドメーヌ・ド・ラ・ロマネ・コンティやルフレーヴ、コント・ラフォンのモンラッシェに肩を並べるものだが、流通価格は半額以下。ドメーヌ・ラモネが生産する一級畑以上の白ワインはすべて長期熟成型のもので、良作年のものは20年を超えるような長いボトル熟成により、言葉では言い表しがたい、複雑で官能的な香味を呈するようになる。
(2006年ヴィンテージ 750ml の2012年8月時点での楽天市場最安値は83,790円。)

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