2012年10月24日更新!!
【STEP127】永遠の命

 放射性炭素による化石の年代測定によれば、人類が初めて葡萄樹を栽培したのは今から約7,000年前で、場所は西アジアのコーカサス山脈の麓であると考えられています。旧約聖書に出てくる、ノアの方舟が漂着して彼が初めて葡萄畑を拓き、ワインをつくったとされるアララット山とほぼ一致することから、無宗教である私自身も、なんとなく敬虔な気持ちにさせられます。

葡萄栽培の起源

 ワイン生産に広く用いられる、果粒が大きく糖度の高いヨーロッパ系品種のすべてを包括するヴィティス・ヴィニフェラ種の原産はコーカサス地方のグルジアやアルメニアであると考えられており、人間が初めて栽培したとされる場所とほぼ一致します。野生の葡萄樹と人為的に栽培された葡萄樹の決定的な違いは、野生の葡萄樹が雌雄異株で葡萄樹に性別が存在するのに対し、人間によって栽培されたものはほぼ雌雄同株の両性花(ふたなり)であることです。これは野生状態で雌雄異株であったものが、人為的な繁殖の途上で雌雄同株に変化したのではなく、野生の葡萄樹を栽培するにあたって人間が果実の結実量の多い個体を取捨選択していった結果、結実しやすい雌雄同株のみが残ったとみることができます。

有性生殖と無性生殖

 葡萄樹を栽培するには、種子から増殖させる有性生殖と、挿し木等による無性生殖の二通りの方法があります。種子から育てる有性生殖の場合は花粉と卵細胞という、ふたつの異なる染色体の組み合わせによって新しい個体が生まれるため、親木とは遺伝子が異なり、また植物としての性質も変化します。毎年同じ品質の果実を収穫したいと考えた人類は当然、質にばらつきの出る実生(みしょう)からの栽培を嫌い、種子によって葡萄樹を繁殖させる方法は古代からほとんど採られてきませんでした。種子から発芽した実生は、小さく酸度の高い果粒をつける傾向にあり、その種子は小さな球形をしているため、考古学者はこうした特徴をとらえて、その葡萄樹が野生のものか人為的に栽培されたものかを判断します。

 一方、親木の一部を切り取って増殖させる挿し木は、突然変異が起きない限り親木と同一の遺伝子をもつため、常に安定した収穫が可能になります。こうして増殖される新しい生命(クローン)は、親木と同一の個体であると考えることもでき、人間は7,000年に及ぶ葡萄栽培の歴史のなかで、葡萄品種を淘汰し、そのクローニングを行ってきました。

プロヴィナージュ

 クローニングされた挿し木を、その親木と同一の個体であると考えてよいかどうかは議論の分かれるところですが、議論の余地のない方法での増殖も長い間行われてきました。「プロヴィナージュ」はもっとも古典的な葡萄樹の増殖方法のひとつで、枝を切り取って挿し木するのではなく、親木の新梢を親木とつながったまま地中に埋め、地上に出た先端を子木として栽培します。親木が枯死しても子木の新梢をまた親木の場所に誘引することによって、命を再生することが可能なため、葡萄樹の個体は明らかな「永遠の命」をもっていました。

 ブルゴーニュでは葡萄栽培が始まったと考えられる2世紀頃から20世紀中頃まで、このプロヴィナージュによって1,800年以上に亘って生き続けたピノ・ノワールの個体があったと想像されますが、プロヴィナージュによって保持されたクローンの純粋性は一方でクローンの多様性の欠如を意味し、1870年代にこの地を襲ったフィロキセラに対してなんら抵抗力をもちませんでした。最後まで自根で残っていたロマネ・コンティのピノ・ノワールも、1945年10月にすべて引き抜かれてしまいました。

 リースリングやピノ・ノワールといった葡萄品種は古くから無性生殖で増殖が行われてきたため、現在のこうした葡萄品種のクローンごとの遺伝子は1,000年前とほぼ同一です。すなわち、現在我々が見ているリースリングは、1,000年前にラインガウの斜面に植えられていた個体の一部であると考えることができるのです。こうしたクローンの遺伝子はおそらくこれからも変わることはなく、その個体は永遠の命をもっているといえます。

のワイン: