デビュー前の僕は劇画に慣れていたんです
―いよいよ『BLACK TIGER』(以下、『BT』)の第1巻が発売されますね! 『こち亀』後、初のコミックスですが、心境はいかがですか?
秋本治(以下、秋本)本当にうれしいですね。西部劇は以前から描きたかった題材ですし、青年誌連載なので、作風も『こち亀』とはだいぶ違いますから、新たなスタートという実感があります。『こち亀』の秋本治ではなくて、〝新・秋本治〟に挑戦していきたいですね。
―『BT』は『こち亀』とはまったく違う劇画タッチで驚きました。もともとデビュー前は劇画を描いていたそうですね?
秋本 当時は劇画がかっこよかったから。ビートルズを聴いて若者がみんなギターを持ちだしたように、当時の僕は劇画に憧れていたんです。新しい漫画の表現が次々出てきて、まさにニューウェーブでした。
―それ以前の漫画と比べて、どこが新しかったんでしょう?
秋本 劇画以前はそれらしき車や銃という描き方だったのが、劇画以降は、この車はポルシェ、この銃はコルトだとはっきりわかる描き方になったんです。ストーリーも迫力があって現実のようで!
―アクション劇画志望だったのが、なぜ『こち亀』でギャグを描くことになったんですか?
秋本 自分としてはギャグだと思ってなかったんですよ。デビュー前に戦争ものの重い作品を描いたので、次は明るいものを描こうと思って、警察官の明るい漫画を描きました。それがデビュー時にギャグ漫画の枠に入れられてしまって、最初は戸惑いがありましたね…。だけど、読者から『面白かった、笑った』という反響がすごくあって、ギャグ漫画も楽しいかな、と考えが変わったんですよね。それまで同人誌で暗い戦争ものを描いていたので、読者が楽しく読んでくれるということが、初めての経験だったんです。
映画のアンチヒーローを漫画でも表現したかった
―ご実家の隣が映画館だったそうですが、映画の影響もかなりあったのでしょうか?
秋本 それはすごくあります。任侠映画からアクション映画まで、恋愛映画以外はなんでも観ましたね。60~70年代に『俺たちに明日はない』や『イージー・ライダー』といったアメリカン・ニューシネマが流行って、アンチヒーローが登場するようになったんです。当時の劇画はみんなそうした映画の影響を受けていたと思います。劇画では望月三起也先生の『ワイルド7』やさいとう・たかを先生の『ゴルゴ13』、ちばてつや先生の『あしたのジョー』が始まって、いずれも主人公がワルっていうかね(笑)。自分もそういう作品を描きたいと思って憧れましたね。
―両さんもある意味、ワルですよね、悪人ではなく(笑)。
秋本 そうそう(笑)。ガンマニアの中川を登場させて、二人にいろんな銃を持たせて楽しんでいた節はあります。劇画で覚えた要素を全部使ってしまおうって。劇画の流れを組んでユーモア漫画をやってたから、逆におかしかったんじゃないかな。
―『BT』は、まさにアンチヒーローを思わせますね。
秋本 これまで『Mr.Clice―ミスタークリス―』で銃撃シーンを描くにしても、血が出ないようにしたり、『こち亀』の作者として手加減していたんです。連載も終わったわけだし、今後はもっと自由に、容赦なく描こうと思ってます(笑)
―劇画や映画の手法を存分に活かせるというわけですね。
秋本 漫画にどれだけ映画の手法を取り入れられるか。漫画は映画以上に自由ですからね。たとえば数万人規模の爆破シーンを撮ろうとすると、CGがなかった時代は莫大な予算がかかったわけですけど、漫画は描けばできてしまう。映画を超える表現も可能だと思うんです。
―『こち亀』がテレビ番組的な面白さだとしたら、『BT』は劇場映画のようです。
秋本 同じ漫画でも作り方がかなり違いますよね。まさに映画を作るような感覚で描いているので、西部劇のアクション映画を1本観るような感覚で楽しんでもらえるとうれしいですね。