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「マリー-ジョセフが好き────」ブログなどでも「イノサンRougeルージュ」の愛読者であることを公言する歌手・中島美嘉と作者・坂本眞一の夢の対談が実現!! 最前線の表現者の語る作品の魅力とは…!? 作品と彼女の意外な接点とは…!?

マリーが私に勇気をくれた。ライブに変化が起きたんです

ーー中島さんが「大好き」とおっしゃるマリー-ジョセフの魅力はどういったところにあるのでしょう?

中島 私の勝手なイメージですけど、マリーって、ただ残酷なことが好きで心がなさそうに見えるけど、きっとどこかで怯える気持ちもあるだろうし、罪悪感みたいなものも隠し持っていると思ったんですよ。実在したサンソン家の中にただひとり投げ込まれたのがマリーですよね。サンソン家の無垢がゆえの残酷さを背負って、「全然平気だぜ」って言っているマリーが私に勇気をくれたんです。女性が酷いことをやって人からぼろっかす言われても、あたかも楽しそうにやっているマリーを見て、あ、これだ、これが自分なのかもしれないと思ったときに、ライブのやり方とかが変わってきたんです。
それまで、どうやってうまく聴いてもらうかとか、できるだけ一人でも多くの人に気に入られるかとか、人よりはないほうだと思うんだけど、どこかしらあったんです、何だかんだ言っても。でもそういうのを全て壊すことも思っていて…。私もともと、すごい泣き虫だし弱虫なんです。じゃあ、みんなで泣けばいいじゃん、何が悪いの。平気で泣く場所をつくれるのは私なんだ。ハッピーな歌を歌う人もいるなら、真逆をやってやろうじゃないかって思うようになったんです。

シャルル-アンリ・サンソン
もう一人の主人公、サンソン家長兄シャルル-アンリ。「いずれパリに行ったら、モンマルトルのサンソン家のお墓にお参りするのが夢になりました(笑)」と中島さん

坂本 そんなことがあったなんて、驚きです。たぶん、自分の中にもマリーがいて、この瞬間、マリーだったらどう行動するのかなっていう一瞬があるんですね。マリーを生み出した意図は、既成の価値観にとらわれない生き方といったものを描きたかったので、そんなふうにとらえていただけるとすごく嬉しいな。マリーの力強さっていうのは、傷つきながらも前に進んでいくこと。何かを失ってもなお、男しか上がれなかった処刑台に上がった。グリファンから身体を奪われたり、自分の身を犠牲にしてまで前に進んでいく強さがあるから、マリーが多くの人に響いてるんだと思います。
マリーという人物は、誰かをモデルにしてつくり上げたものではまったくなくて、自分に妻や娘ができたことで、女性からの目線で世界を見るようになって生まれたキャラクターなんです。今までの男だけの視点から広がって。中島さんの自伝とか読むと、マリーの生き方と本当にダブりますよね。ブレない生き方が重なって見えるんです。力強い生き方とか、まるでマリーが本当にいるんだというよな感覚になってしまって。

中島 そんなことを言われたら、もう私、今日寝られないよ(笑)。マリーは、女が処刑台に上がっちゃいけないと言われていたけれど、そこをぶっ壊したわけじゃないですか。己を貫く本当の無垢というか。私は、洋服とかメイクとか、制服だったりとかっていうものをこれまで全部ぶち壊してきたんです。流行りに疎かったので、全部自分の好き嫌いだけで決めて、貧乏だったので、自分で洋服を作っていたわけですよ。たとえば普通に洋服にゲタとか履いているとするじゃないですか。私はそれを自分なりのファッションだと思ってやっていて、でもみんなにはすごい笑われたりしていたわけです。だけど、私はそういうことはへっちゃらだったんです。

坂本 結局、そこが歌にしても、ウソをつかないというところに繋がってくるんですね。自分も作品のスタイルはウソをつかない、絶対に自分の思っていないことは言わない、いま、自分が感じていることだけを発言すると思っています。だけど、人は変わるので、前に言ったことといま言ったこととは違う、ということもある。それでも、それもウソをつかないで正直に描いてあげる。そうやっていると、自分が歩んでいる道が正しいのか間違っているのか、すごく不安になるときがあって、今もこの瞬間不安でしようがないわけです。だけど、僕はその瞬間その瞬間に正直にやっていけば、必ずどこかに繋がっていくと信じているんです。そのときの絶対のルールは、やっぱり、ウソをつかないということなんですね。

「ゼロ」という名前が好き!性別を隠しているところも(中島)

ーーマリーは架空のキャラクターですが、もう一人の主人公シャルル-アンリ・サンソンは実在の人物。 最初は泣き虫だった男が屈強な処刑人になっていく過程はどう映りましたか。

中島 普通の感覚の持ち主であるシャルルがいきなり死刑執行人へと変わる瞬間がありますよね。変わらざるを得ないという状況になって。そこが印象的でした。

坂本 その変わる瞬間というのがすごく大事で。漫画の主人公って、変わらないことがどこかよしとされている。でも、実は、子どもができた瞬間とか人生の転機っていくつもあって、今の生活のままでは先に進めないという瞬間がたくさんあるんですね。あえて変わり続ける主人公、そこに魅力を持たせてあげたかったんです。完全無欠のスーパーヒーローであっても、好きな女の人と結ばれる日がくれば、その瞬間から価値観がかわるわけで、自分はその瞬間を描きたい。シャルルも最初は泣き虫だったけども、家庭ができて、守るものができた瞬間に変わり始めた。たぶん、普通の漫画のキャラクターならあり得ないことなんですよ。これからフランスの革命期を描いていくわけですが、たぶんその中で一番変わっていくキャラクターがシャルルということになると思います。

ゼロ
『イノサンRougeルージュ』第7巻でマリージョセフが引き連れてきた嬰児「ゼロ」。中島さん「マリーの"子どもの抱っこ"の仕方が普通じゃない所に共感しましたね」

中島 そういうところも、あ、すごいと思った一つです。私たちみたいな仕事って、変わっていくといろんなことを言われたり、がっかりされたりすることが多くて。私なんか特にそうですよ。「デビュー時はああだったのにいまは…」とかめちゃくちゃ言われてますから。でも、気にせず、我が道を行かないと、結局はウソをついていることになりますよね。ウソをついた歌をステージで歌って、誰が感動するのか。1万人が1万人、私を好きでいるはずもなく、実は一握りの人が私の曲で泣いてすっきりする人が出てきたら、それが私の使命なんだっていうことに気づいたときに、何も怖くなくなったんですよ。変わることとか、人前で泣いたりすることも、別にいいじゃん、人間なんだもんって思えて。

ーー『イノサンRouge』第⑦巻に所収される直近の展開では、マリーに「出産」という大きな転機が訪れます。どう感じられましたか?

中島 わーおと思いながら、どう誕生してくるのかをすごく楽しみにしていました。まず「ゼロ」という名前が好き! 男女の性別を隠しているところも。マリーが子どもを抱いている姿って全く想像がつかなかったんだけど、実は、私自身も自分の子どもを抱く姿が想像できなかった。気性が男っぽいというのもあって、自分に子どもがどうこうというのがイメージできなかったし。でも、(Rouge)7巻の中で、マリーが子どもを抱いているシーンが1か所出てきましたよね。実はあれを見て驚いた。私が頭でずっと想像していた唯一の子どもの抱き方と同じだったんです。前で抱くのではなく、片手で肩に担ぐような感じで。だから、あのマリーが子どもを抱く姿を見た瞬間、泣きそうになったんです。

坂本 マリーは守りに入ってないので、空いている片手でいつでも殴れるということであの姿勢になったんです。常に攻撃と防御が一体になっているんです。

中島 でも、あ、ちゃんとマリーも子どもを抱えるんだというのが面白かった。

坂本 実は、あの瞬間が、マリーの弱点が生まれた瞬間なんです。子どもがお腹を空かせればおっぱいをあげなきゃいけないし、病気になれば看病しなきゃいけない。マリーはどう子どもを育てていくのか、というのが一つの見せ場になると思います。マリーはそれまでも様々な局面で いろいろな行動を見せてきたんですけど、じゃあ、マリーが子育てしたらどんな子どもになるのかっていうところを描きたかった。ゼロはまだ不気味な存在ではあるんですけど、この先、ビジュアル的にも第1形態、第2形態と徐々にベールを脱いでいくことになると思います。時間軸を含めて、既成の漫画の流れとは違う方法、違う価値観を提示しようと思ったりもしてて、もう不安でしかないんですけどね。

坂本眞一
1972年大阪府生まれ。登山漫画『孤高の人』で注目を集め、2013年『イノサン』連載開始。「第17回文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品」、「マンガ大賞2015」第7位ランクインなど、各界で反響を起こしている。『イノサンRougeルージュ』第7巻発売中。

中島 その不安な先生のお考えが私たちの楽しみです!どんどん不安になっちゃえーって感じですね(笑)。

坂本 10人いれば10人みんな違うし、それぞれの価値観がある中で、本当に既成の枠にとらわけたくないというのがあって、そこに縛られてはいけないと思っていて。たとえばマリーにしても、実は悪でも正義でもない。みんなの価値観も崩したい。女の子が残虐であってもいいし、男の子が泣き虫でもいいしって、そこも崩したかったんです。
すべての事象は、決して一元的ではないわけです。ゼロに仮面をかぶせることで視界が狭くなっているわけだけど、見ているものがすべてじゃないんだよ、見るものにとらわれるなという意味での仮面なんです。これからゼロのキャラクターには「シェア」、「与える」というキーワードが重要になってきます。そういう思いに至ったのも、人間関係においては、やっぱり人に裏切られたり、人間不信になるような局面ってたくさんあるわけです。でも、それでもやっぱり人に何か与えていかなきゃいけない、諦めちゃいけない。絶えず人に手をさしのべるというキャラクターとしてゼロをつくっている。だけど、無償で差し出される手の怖さもあるんじゃないかとも思っていて、そんな中でいまちょっとずつゼロという存在が固まりつつあるところなんです。

中島 実在したサンソン家に、ただ1人、架空のキャラクターであるマリー-ジョセフが投げ込まれて――。この作品で、作者はサンソン家の無垢がゆえの残酷さを誰一人傷付けず描き出している。己を貫く本当の“無垢”を私はこの作品で確信しました。これからフランスの革命期に入っていくのも楽しみだし、マリーがどう変わり、ゼロがどう成長していくのか、とにかくすべてが楽しみです!

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書店で出会ってその日に3回読み直したんです

[イノサンRougeルージュ] 坂本眞一
第7巻 大絶賛発売中!!

“首飾り事件”結末の因果に、マリーは大いなる「運命」との闘諍を誓う。一方、「人は皆、平等」の新思想の青年オリビエが、車裂き刑で処されることに。同情し暴動を起こす民衆に、サンソン兄妹は「新しき力」を見出す…!! そして、マリーが引き連れる「新しき命」の存在は──!? 物語は仏革命の真の引鉄、「ベルサイユ死刑囚解放事件」から「三部会」、そして「国王処刑」へ…!!! サンソンが映し出す“フランス革命の真実”とは──!!?

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